1. ゲームの背景
1.1 世界観設定
『マリオブラザーズ』(Mario Bros.)の舞台は、意外にもニューヨークの地下です。物語はシンプルでユニーク。イタリア系双子の配管工であるマリオとルイージが、ニューヨークの地下水道で大量の奇妙な生物を発見します。配管工としての使命感から、彼らは道具(正確には素手)を手に、地下水道の調査と駆除に乗り出します。
ゲーム画面は典型的なニューヨークの地下配管システムを模しており、画面の左右には緑色の土管が配置され、中央にはPOWブロックがあります。多層構造のプラットフォームは、地下水道の複雑な配管を連想させます。このシンプルな設定が、後の「マリオ」シリーズの礎となりました。緑の土管、コイン、カメの敵など、すべての要素が本作で初めて登場しました。
宮本茂氏は、本作の舞台がニューヨーク、「おそらくブルックリン」であることを認めています。これは『ドンキーコング』でマリオがニューヨークの建設現場の木工職人だったという設定から引き継がれています。マリオが「木工職人」から「配管工」へと転身したのは、本作の舞台が地下水道だったためです。
1.2 開発の歴史
『マリオブラザーズ』は1983年に任天堂から発売されました。宮本茂氏と横井軍平氏が『ドンキーコング』(1981年)と『ドンキーコングJR.』(1982年)に続き、3度目のタッグを組んだアーケードゲームです。二人の天才デザイナーの再会により、ゲーム史に残る金字塔が打ち立てられました。
本作のインスピレーション源は、ウィリアムズ社の1982年のヒット作『ジャウスト』(Joust)です。同作は2人同時プレイや独特の空中衝突アクションで知られており、宮本氏と横井氏はこれを起点に「様々なアイデアを出し合って」独自の2人プレイ用ゲームを設計しました。
開発過程では、いくつかの重要な決断がゲームの形を決定づけました。横井氏は「マリオはどんな高さから落ちてもダメージを受けないようにすべきだ」と提案。宮本氏は当初「それでは難易度が低すぎる」と感じましたが、最終的に受け入れ、キャラクターのジャンプや高低差のあるプラットフォーム移動のメカニズムを設計しました。また、横井氏の「プラットフォームの下から叩いて敵を倒す」という提案は、当初簡単すぎたため、敵をひっくり返した後に触れて蹴り飛ばさなければならないというルールが追加されました。これがカメ型の敵(「ひっくり返ると起き上がれない」)のデザインにも繋がりました。
マリオの「配管工」という職業は、ゲーム内の「巨大な土管ネットワーク」という設定から直接生まれました。緑色の土管も、当時の限られたカラーパレットの中で宮本氏が「2種類の緑を組み合わせると見栄えが良い」と判断したことに由来します。土管のイメージは、彼が見た漫画の荒地に散らばる土管の風景から着想を得ました。また、ゲームのオープニング曲にはモーツァルトの『アイネ・クライネ・ナハトムジーク』が採用されています。
「マリオ」という名前の由来については、任天堂アメリカのオフィスに家賃の催促に来たイタリア系大家のマリオ・セガール氏にちなんで、スタッフが「ジャンプマン」を改名したという説が有名です。当時の倉庫マネージャーだったドン・ジェームズ氏も、社長の荒川実氏と共に、この一度も姿を見せなかった大家の名前を内輪のジョークとして採用したと認めています。
『マリオブラザーズ』はアーケード市場で「穏やかな成功」を収めました。1983年7月までに米国で約2,000台、合計3,800台の筐体が販売されました。日本では雑誌『ゲームマシン』の1983年7月版で、テーブル型アーケードゲームの人気ランキング3位にランクインしました。本作は1983年の北米ビデオゲーム市場の崩壊(アタリショック)の影響を全く受けませんでした。
家庭用ゲーム機では、NES版がIntelligent Systems開発の第1弾として世界中で228万本を売り上げました。Atari 2600版は159万本、ファミコン版は日本で163万本以上を販売し、合計で約400万本のカセットが流通しました。
2. キャラクター紹介
『マリオブラザーズ』はルイージの初登場作品です。ただし、両者の性能は完全に同じで、ルイージはマリオのカラーパレットを入れ替えた(緑の作業着 vs 赤の作業着)だけの存在でした。この「完全対称デザイン」は当時の開発負荷を軽減するためのものでしたが、2人が共存する設定は、後の『スーパーマリオブラザーズ』シリーズにおける2人プレイの差別化の基礎となりました。
マリオ(Mario)— 1P
| 属性 | 評価 |
|---|---|
| スピード | ★★★☆☆ |
| ジャンプ | ★★★☆☆ |
| 攻撃力 | ★★★☆☆ |
| 難易度 | ★★★★☆ |
- 長所: 象徴的な赤い作業着で認知度が高く、1Pのデフォルトキャラクター。2人プレイでは「メインアタッカー」として活躍します。
- 短所: ルイージと性能が全く同じで、独自の強みはありません。ゲーム後半(15面以降)では、敵のスピードと数により、どのキャラクターでも対応が困難になります。
- 総評: ゲーム史上最も偉大なキャラクターの一人であるマリオは、この「冠」作品ですでにスターの片鱗を見せていました。当時の姿はまだ簡素でしたが、ジャンプマンからマリオへの進化、木工職人から配管工への転身など、マリオのイメージが本作で確立されました。
ルイージ(Luigi)— 2P
| 属性 | 評価 |
|---|---|
| スピード | ★★★☆☆ |
| ジャンプ | ★★★☆☆ |
| 攻撃力 | ★★★☆☆ |
| 難易度 | ★★★★☆ |
- 長所: 緑の作業着により、2人プレイ時にマリオと明確に視覚的な区別が可能です。ルイージの存在そのものが最大の長所であり、彼がいなければ2人プレイは成立しませんでした。
- 短所: マリオとの性能差は一切ありません。当時は「2人プレイのために存在する」カラーチェンジキャラクターでした。
- 総評: ルイージの初登場は「質素」なものでしたが、それが後の任天堂を代表する人気キャラクターへの道を阻むことはありませんでした。興味深いことに、宮本氏は当初ルイージに背景ストーリーを一切設定しておらず、2Pコントローラーの操作対象として誕生したと明かしています。
3. 操作方法
3.1 基本操作
『マリオブラザーズ』の操作は非常にシンプルで、スティック移動とジャンプのみ。攻撃ボタンは存在しません。「極限まで削ぎ落とした操作と深い戦略性」という設計哲学は、後の任天堂ゲームの象徴となりました。
| ボタン | 操作 | 説明 |
|---|---|---|
| スティック ←→ | 左右移動 | 画面端は「ループ」しており、右端から出ると左端から現れます |
| スティック ↑ | ジャンプ | ジャンプの高さは固定で、空中で方向転換はできません |
| プラットフォーム下で ↑ | 下突き | 下から叩いて、上の敵をひっくり返します |
3.2 核心的な戦闘メカニズム
『マリオブラザーズ』の戦闘システムはユニークです。敵を直接踏みつけることはできず(それは後の『スーパーマリオブラザーズ』で導入されたメカニズム)、以下の「2段階撃破」が必要です。
- ひっくり返しフェーズ: 敵がいるプラットフォームの真下でジャンプし、頭で叩きます。叩かれたプラットフォームが振動し、上の敵がひっくり返ります。
- 蹴り飛ばしフェーズ: 敵がひっくり返った後、素早くプラットフォームに飛び乗り、もがいている敵に触れて蹴り飛ばします。
敵がひっくり返ってから一定時間(約5〜7秒)経過すると、敵は自力で起き上がります。起き上がる直前には色が変化して警告されます。赤くなった敵は、起き上がった後に移動速度が上がり、再びひっくり返すのが難しくなります。
3.3 POWブロック
画面中央にあるPOWブロックは、ゲームで最も重要な戦略リソースです。POWブロックを叩くと、プラットフォームや地面に立っているすべての敵が同時にひっくり返ります。
- POWブロックは 3回 まで使用可能で、その後消滅します。
- 次のステージで復活しますが、リセットされるたびに使用回数は3回に戻ります。
- POWでひっくり返した敵も、手動で蹴り飛ばす必要があります。
3.4 特殊メカニズム
| メカニズム | 説明 |
|---|---|
| 画面ループ | 画面左端から出ると右端から現れます。位置の急変や追っ手を振り切るのに有効です。 |
| コイン収集 | 敵を蹴り飛ばすと土管からコインが出現します。収集するとスコアが加算されます。 |
| つららトラップ | 5面以降、プラットフォームの下に氷柱が形成され、落下してきます。当たるとミスになります。 |
| 火の玉 | 8面以降、赤と緑の火の玉が出現します。赤は対角線、緑は水平・垂直に移動し、触れるとミスになります。 |
| ボーナスステージ | 数面ごとに発生するコイン収集専用ステージ。敵はおらず、スコア稼ぎのチャンスです。 |
4. ステージ進行と敵攻略
『マリオブラザーズ』には伝統的な「ステージ」の概念はなく、無限ループするフェーズ(Phase)システムを採用しています。すべての敵を倒すと次のフェーズへ進み、敵のスピード上昇、種類増加、氷柱や火の玉の追加が行われます。理論上の終点はありませんが、99フェーズを超えるとオーバーフローによりゲームがクラッシュします。
4.1 敵図鑑
カメ(Shellcreeper)
| 属性 | 内容 |
|---|---|
| 初登場 | Phase 1 |
| 移動方式 | プラットフォーム上をゆっくり水平移動。時折加速します |
| 攻撃モード | 接触即死(ひっくり返す前) |
| ひっくり返し方 | 真下のプラットフォームを叩く |
| 特殊特性 | ひっくり返ると約5秒で起き上がり、赤くなって移動速度が大幅アップ |
| 攻略 | 最も基本的な敵。真下でジャンプせず、背後から接近して叩くのがコツ。初心者は蹴り飛ばすのをためらい、起き上がらせてしまうことが多いので注意 |
歴史的トリビア: Shellcreeperはマリオシリーズの「カメの敵」の祖先です。後の『スーパーマリオブラザーズ』のクリボー(Goomba)やノコノコ(Koopa Troopa)の原型となりました。宮本氏は「ひっくり返ると起き上がれない」という特性からカメを選んだと語っています。
カニ(Sidestepper)
| 属性 | 内容 |
|---|---|
| 初登場 | Phase 4 |
| 移動方式 | 水平移動。カメよりはるかに高速 |
| 攻撃モード | 接触即死(ひっくり返す前)。同じプラットフォームにいる時のみ攻撃判定あり |
| ひっくり返し方 | 下から叩く。移動が速いためタイミングの予測が必要 |
| 特殊特性 | 1回目のひっくり返しで赤くなり加速。2回叩くことで完全に倒せます。唯一の2段階ひっくり返しが必要な敵 |
| 攻略 | 最も厄介な敵。赤くなった後はPOWブロックを使うのが最も効率的です |
ハエ(Fighter Fly)
| 属性 | 内容 |
|---|---|
| 初登場 | Phase 7 |
| 移動方式 | ジャンプしながら放物線を描いて移動。プラットフォームに密着しない |
| 攻撃モード | 接触即死(ひっくり返す前) |
| ひっくり返し方 | カメと同じだが、プラットフォームに着地している時のみひっくり返せます。空中では無効 |
| 特殊特性 | 飛行経路が予測不能 |
| 攻略 | 着地の瞬間を狙うのが鉄則。POWブロックでまとめて処理するのが最も安全です |
氷の妖精(Slipice)
| 属性 | 内容 |
|---|---|
| 初登場 | Phase 10+ |
| 移動方式 | プラットフォーム上を水平移動 |
| 攻撃モード | 直接攻撃はしないが、通過したプラットフォームを凍らせて滑りやすくします |
| ひっくり返し方 | 通常の敵と同じ |
| 特殊特性 | 倒した後も凍結状態はしばらく続きます。滑る床では精密な操作が困難 |
| 攻略 | 優先的に処理すべき敵。他の敵との戦闘環境を悪化させるため、放置は危険です |
4.2 環境の脅威
| 脅威 | 初登場 | 説明 |
|---|---|---|
| 氷柱(Icicle) | Phase 5 | プラットフォームの下から落下。当たるとミス。氷を壊すと下の敵にダメージを与えられます |
| 赤い火の玉 | Phase 8 | 対角線上に跳ね返り移動。触れるとミス |
| 緑の火の玉 | Phase 8 | 水平・垂直に移動。触れるとミス |
4.3 難易度推移
| 段階 | 内容 |
|---|---|
| Phase 1-3 | カメのみ。基本操作の習得。2人プレイでは互いの邪魔に注意 |
| Phase 4-6 | カニ登場。2回叩く必要があり、タイミングが重要に |
| Phase 5+ | 氷柱登場。立ち止まらず常に移動が必要 |
| Phase 7-9 | ハエ登場。空中と地上の同時警戒が必要 |
| Phase 8+ | 火の玉登場。回避しながらの戦闘が求められます |
| Phase 10+ | 氷の妖精登場。床が滑り、四種類の敵が混戦する修羅場 |
| Phase 15+ | 全ての脅威が重なり、敵のスピードも最高速に |
5. 攻略テクニック
5.1 生存のコツ
- 「叩く→蹴る」の筋肉記憶: ひっくり返した後に蹴り飛ばすのを忘れないこと。躊躇は禁物です。
- 画面ループの活用: 挟み撃ちに遭った際は、画面端から反対側へ抜けて回避しましょう。
- 氷柱の下で立ち止まらない: 2秒ごとに移動する習慣をつけましょう。
- 火の玉の軌道を覚える: 完全にランダムではありません。安全地帯を把握しましょう。
- 優先順位: ハエ > カニ > カメ > 氷の妖精 の順で処理しましょう。
- POWブロックは切り札: 3回しかない貴重なリソースです。緊急時以外は温存しましょう。
5.2 2人協力プレイ
- 役割分担: 1Pは左側、2Pは右側など、エリアを分けると事故が減ります。
- 連携攻撃: 一人が叩き、もう一人が蹴る「リレー撃破」が最も効率的です。
- POWの合図: 使う前に声を掛け合い、無駄遣いを防ぎましょう。
- コインは共有: どちらが取ってもスコアになります。欲張って衝突しないように。
5.3 高得点のコツ
- POWで複数撃破: 一度に多くの敵を倒すと倍率が上がります。
- ボーナスステージを完走: 確実にコインを回収し、残機を増やしましょう。
- リスク管理: 敵を放置してスコアを稼ぐのは上級者向け。無理は禁物です。
5.4 上級者知識
- Phase 99のバグ: 99面を超えると内部カウンターのオーバーフローでゲームが崩壊します。これが実質的な「非公式エンディング」です。
- 世界記録: 2015年、Steve Kleisath氏が5,424,920点を記録しました。
- 緑の土管の起源: カラーパレットの制限による偶然の産物でしたが、今やシリーズの象徴です。
- Atari 8-bit版のこだわり: 氷柱のメカニズムを忠実に再現した数少ない移植版です。
6. 豆知識と伝説
6.1 「マリオ」の名前の由来
任天堂アメリカの大家、マリオ・セガール氏にちなんだ内輪のジョークが、世界で最も有名なゲームキャラクターの名前になりました。
6.2 横井軍平氏の「神の一手」
「高いところから落ちても死なない」という横井氏の提案がなければ、後のプラットフォームアクションというジャンルは存在しなかったかもしれません。
6.3 ルイージの誕生
2人プレイ用の「2P操作キャラ」として、マリオのパレットを緑に変えただけで誕生したルイージ。今や任天堂を代表するスターです。
6.4 『ジャウスト』の影響
『マリオブラザーズ』の核心的なゲーム性は、ウィリアムズ社の『ジャウスト』から大きな影響を受けています。
6.5 日本限定版の広告
『帰ってきたマリオブラザーズ』には、永谷園のインスタントラーメンの広告が組み込まれていました。
6.6 Hudson Softの「マリオ外伝」
かつてはHudson Softが公式ライセンスを受けて『Mario Bros. Special』などを開発していました。今では考えられない貴重な歴史です。
6.7 Virtual Boy版の幻影
1994年に展示されたVirtual Boy版は、後に『マリオクラッシュ』へとコンセプトが引き継がれました。
6.8 アタリショックを生き抜いた任天堂
1983年の北米市場崩壊の中、本作は安定した売上を記録し、後のNES(ファミコン)成功への道を切り拓きました。











